デヴィッド・グレーバー

🤲 有用だが低報酬の仕事。

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1日に3時間だけ働けばいい。

「魔神は瓶に戻せない」D・グレーバー、コロナ禍を語る/片岡大右

🌭 例えばスラヴォイ・ジジェクもほとんど同様の論理に基づき、動物的水準での「生き延び」と人間的な生の営みの結びつきを強調している。 実際、イギリスの有力な調査会社ユーガブ(YouGov)がグレーバーの言葉を直接引用して調査を行ったところ、労働者の37%が「社会に対して意味のある貢献をしている」とは思っていないことが判明した。 そして、少し酒が入ると、「上司には内緒ですが、自分は何にもやってないようなものです」と打ち明けてくれる。

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経済を救うためには人間が死んでも OK、などと言うひとさえいる。 注 (訳注1)「カフェ、ボウリング場、大学」の再開を「経済」の問題ではなく「生活」の問題として論じ、そのうえ「生活」の問題をただちに「命」の問題と結びつけるグレーバーの言葉づかいは、日本語世界のなかでは違和感をもって受け止められるかもしれない。

デイビッド・グレーバーとは (デイビッドグレーバーとは) [単語記事]

🤩 グレーバーは、その仕事がどれだけ無意味だとしても、規律を守って長時間働くこと自体が自らを価値づけるのだという現代の労働倫理観は、労働にはそもそも宗教的な意味があるというピューリタンの精神に由来すると考えている。 こうした非効率、実は日本人の我々にも心当たりがある問題だ。

想像もされていない自由の可能性を示してくれたこと、それが、彼から私たちへの贈り物だった。

デヴィッド・グレーバー『ブルシット・ジョブ』の魅力――仕事とケアの深層

🤔 グレーバーの言うところの「ケア」を十分にすることが必要なんだろう。

ドイツのラジオ局(4月8日)の冒頭を引こう。

『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』世界はくだらない仕事にあふれてる

😂 ここでの余剰物は、「必然の王国」 (訳注3)マルクスが『資本論』第3巻48章で「自由の王国」と対比的に用いた語の自由な借用。 実入りのよいホワイトカラーであるほどその仕事には社会的意義がなく、そのことに自覚的な少なからずが「」一方、「」は、医師のような例外を除き、不安定な低処遇を強いられがちであるという現実。 無意味だが待遇の良い仕事、有用だが低報酬の仕事、そして失業者 20世紀末までに週15時間労働が達成されるだろうと、ケインズは1930年に予言した。

「ブルシット・ジョブとは、被雇用者本人でさえ、その存在を正当化しがたいほど、完璧に無意味で、不必要で、有害でもある有償の雇用の形態である。 わたしたちは単に、自分たちが仕事をしているかのように振る舞っているにすぎないのだと。

大澤真幸は 『負債論』の著者・グレーバーが 夥おびただしい事例を挙げつつ繊細に解釈する姿に魅力を感じた

☏ 何も起きなかったかのように振る舞おう。

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Toward an Anthropological Theory of Value: The False Coin of Our Own Dreams(Palgrave, 2001、以文社より近刊)。 これらがまさに地球を破壊しているのです。

Book Review:『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』 評者・服部茂幸

🌏 グレーバーは英国内外の知識人やミュージシャンらとともに しているほか、ひとりのユダヤ人として「 」を深刻に憂うる論考を『ガーディアン』紙に掲載しようと努力し( )、また2つの動画( と )を通して問題を訴えている。

デヴィッドの著作の一つには、『』というタイトルがつけられている。 私たちが互いに生存するための方法なのです。

デヴィッド・グレーバーの死を悼む: 呆け天残日録

👍 はといった学における価値、「最小化・最大化」と呼ばれるの価値、に代表されるの価値、それぞれに人類学は・ックやフ、サーズやデュモンといった人々の試みのように関与していったのである。

〔PHOTO〕iStock 無意味な仕事が量産された グレーバーの主張はこうである。

「魔神は瓶に戻せない」D・グレーバー、コロナ禍を語る/片岡大右

👉 コロナ危機以降、医療、農業、小売など生活に必要不可欠な業種を「エッセンシャル・ワーカー」として見直す動きが広まっている。 人間以外の生き物が繁栄していけるための環境づくりに取り組む仕事。 資本主義のもとでの、ありとあらゆる脅迫的な「生産性」への志向に対して、白痴化寸前にまで高められた「無為」を対置すること。

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わたしは今、ほんとうに素敵なことだと思っているのですが、ロックダウンをするなら経済的損失が引き起こされることになるという発想を、誰も当然だと思っていない。 こうして人びとは、よき相互関係のなかで生きることを忘れ、互いをケアすることを忘れてしまった。